宝塚

宝塚歌劇団は阪急阪神ホールディングスの箱入り娘でいられるか

こんばんは、ヴィスタリアです。

宝塚歌劇団は阪急阪神HDの「箱入り娘」か「じゃじゃ馬娘」か

週刊ダイヤモンド8月22日号(特集 エンタメ&スポーツ消滅)の「宝塚ついに再開へ、「密こそ魅力」の世界にソーシャルディスタンスの試練」という記事が気になって有料登録のオンラインで読みました。

(記事の前半部分は無料で見ることができます。)

記事の後半では宝塚歌劇団と劇団四季が比較されています。
内容をかいつまんで要約します。

・宝塚歌劇団は阪急阪神ホールディングス内の阪急電鉄の歌劇事業部という強固な後ろ盾があり、赤字の補填が可能。

・劇団四季は大資本の後ろ盾はないがロングラン公演という損益分岐点を越えれば、あとのもうけは青天井なので赤字を回収しやすい方法を取っている。
またクラウドファンディングを実施した。

・宝塚歌劇は公演に“お約束”が多く完成されており、それを崩すと新規ファン獲得はもちろん、固定ファンをつなぎ留められなくなるリスクがある

・宝塚歌劇団の後ろ盾 阪急阪神HDは鉄道収入などの業績に大きな影響が出ている。
この状況長期化した場合、“箱入り娘”をどこまで守り切れるのか?

この記事を読んで、ずいぶん昔のことですが「阪急のドラ息子とじゃじゃ馬娘」という言葉を聞いたことを思い出しました。

ドラ息子は阪急ブレーブス、じゃじゃ馬娘は宝塚歌劇団を指し、どちらも阪急グループの赤字部門、お荷物であることを揶揄した言葉でした。

阪急ブレーブスは1988年にオリックスへと売却され、近鉄バファローズと合併し現在のオリックス・バファローズとなりました。

近鉄は野球チームだけでなくOSKをグループ傘下に置いていましたが、事業整理により2004年に近鉄バファローズは最後のシーズンを送り、
OSKは2003年に近鉄支援下の活動を終え、一度解散した後再結成し現在に続いています(参照:OSK日本歌劇団について)。

じゃじゃ馬娘と揶揄された宝塚歌劇団にも苦しい時期もあったでしょう。

自分が1000days劇場で観劇していたころは演目にもよりますが平日は客席が赤い……なんて悲しいこともありませした。

苦しい時期もありながら平成ベルばらブーム、100周年以降の盛上りなどもあり、宝塚歌劇団は阪急阪神ホールディングスの箱入り娘としてグループに残り続けています。

阪急阪神ホールディングスの決算短信から見えるもの

先日阪急阪神ホールディングスの2021年3月期決算短信が出ました(阪急阪神ホールディングスIR資料室で閲覧できます。)

都市交通事業をはじめ、エンタテインメント事業、旅⾏事業、ホテル事業、不動産事業など、多くの事業で新型コロナウイ ルスの影響を大きく受けたため、大幅に減収・減益

この見出しの通り、各セグメントで大幅な赤字で厳しいことがひしひしと伝わってきます。

全体で△189億円の赤字(前年同期213円の黒字)
本業の都市交通は△71億円の赤字
エンタテインメント部門は△26億円の赤字

歌劇団単体の数字を知る術はありませんがエンタメ部門は前年同期から100億円以上の減益となっています。

大きな資本のない劇団四季はクラウドファンディングを募りましたが、宝塚歌劇はライブ配信の拡充、グッズ販売の強化に力を入れ、ファンから直接的な寄付は募らないという意思を感じます。

グッズは利益が大きいので助かると耳にしますが、それよりもまず阪急阪神ホールディングスの株を買う方が直接の支援になる気がしてきました。

週刊ダイヤモンドの記事にはこんな一文がありました。

これまで宝塚が危機に陥る度に救いの手を差し伸べてきたといわれている創業家・小林家の威光がどの程度利くのかも含め、先行きは不透明である。

宝塚歌劇団を小林一三先生が創設し、先生が築いた阪急の宝塚歌劇団であることはなんら疑うことのない、変わらないことだと思ってきましたが、このまま危うい状況が続いたらどうなるのか。

OSKは近鉄傘下時代から一度解散をして現在も公演を行っているように宝塚歌劇団そのものが消滅することはないのでしょうけれど、
もしも阪急のお膝元を離れることがあれば……と想像しようとしたところでうまく想像できません。

文化そのものとしての宝塚歌劇が望まない変化を強いられると捉えたからで、あまりに辛くて想像できないというのが正直なところです。

この厳しい状況が明けるまで存続するためだったら、また客席のみならず生徒さん、関係者の健康を守るためなら、公演の”お約束”を変えてでも乗り切ってほしいと切に願います。

たとえば新作主義に拘ず通年で同じ公演を上演するとか、舞台上の出演者を減らして幕間休憩のないコンサートにするとか。

「前回と一緒か…飽きた」と嘆いたり「こんなの宝塚じゃない」と拒絶するのではなく「ワクチンができるまでの間、新しい宝塚歌劇を楽しもう」と思って大人しく観ます。

たとえデュエットダンスがなくても。銀橋に生徒さんがずらりと並ばなくても。迫力の群舞がなくても。

それにいまは本公演の”お約束”がかなり固定化していますが、1980~90年にかけての作品を映像で見るとショーなどかなり自由な演出があります。

フィナーレのデュエットダンスをトップコンビではなくトップスターと2番手が踊ったり、
パレードで大階段があるのに降りてこないで左右の袖から生徒さんが出てきたり、
パレードで退団する別格スターが2番手羽根の男役スターとトップ娘役の間におりてきたり。

いまでは考えられない”型破り”なことで、それだけ現在は”お約束”が型となっていてそれが固定ファンにとっては魅力であり「お約束、大いなるマンネリが見たい」と望む気持ちもある一方、
もう少し自由度があってもいいのでは?新しいことがあってもいいのでは?と思うこともあります。

感染を予防しつつ利益も確保する新しい形を模索するなかで宝塚歌劇の新たな魅力的なシーンが生まれるかもしれません。

スペイン風邪の猛威、戦争、劇場の接収、阪神淡路大震災、不景気を乗り越えて106年続いてきた宝塚歌劇が消滅することはあってほしくありません。
ファンとして微力ながらできることはないかと考えながらこの記事を書きました。

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