観劇の感想

「カンパニー」 これぞ芝居の月組!主役も脇役も輝いている

ずっと書こうと思っていた「カンパニー/BADDY」の観劇(2回)とBlu-rayを見たヴィスタリアの感想をようやく書きました。
 
この公演を観劇したことが一時期離れていた宝塚に再びハマりファン生活を送るきっかけになりました。
たまたまチケットが取れて観劇したのですが、観劇してほんとうによかったです。
月組に、たまるり(珠城りょう・美弥るりか)、ちゃぴちゃん(愛希れいか)に、そして大傑作「BADDY」に出会うことができました。
 
ヴィスタリアの独断と偏見、そして偏愛に満ちた感想はこちらでございます。
1.月組生の個々の魅力と芝居と笑いに貪欲なエネルギーがあふれている。
2.話の主な筋はハッピーでハートウォーミング。サラリーマンのお伽話があってもいい。
3.細部でひっかかるものが多々あった。
4.キャストごとの感想
 
なお原作は未読であり、今回の記事は劇場あるいはBlu-rayで見た「カンパニー」の感想になります。
 
 
小池先生が月組本で月組のことを「ひっくり返したおもちゃ箱」と評しています。
この公演と映像を見てヴィスタリアは、おもちゃ箱がひっくり返っている状態に留まらず、月組生1人ひとりの個性と魅力がおもちゃ箱に収まりきらずに飛び出し、あちこちでスパークしている、そういうイメージを持ちました。
 
組として打ち出すイメージ、雰囲気を一致させてまるまるという方向性ではなく、それぞれの生徒さんが出そうとしているものは別々なんだけれど、「この役をこう表現したい」「自分はこれをこうやりたい」というエネルギーが一致して組としてまとまっている。
そしてそのエネルギーは、生徒さんそれぞれの芝居に対する貪欲さ、また笑いをとるべきところでとりたいというポジティブな熱意である、というのがヴィスタリアが月組に抱いたイメージです。
 
「カンパニー」は原作ものですが、石田先生は月組にぴったりなものを見つけてきましたとヴィスタリアは思いました。
役が多く、また主役や主要人物だけでなく脇役の芝居なども光っていたからです。
台詞のない役でさえきちんとストーリーのある芝居をしていていくら目があっても足りないとはこういうことだと思いました。
役の大きさに関わらず、月組生1人ひとりからエネルギーがほとばしっていると観劇して感じました。
そういう意味で「カンパニー」は月組のよさが活かされた演目だったと思います。
 
 

2.話の主な筋はハッピーでハートウォーミング。サラリーマンのお伽話があってもいい。

「カンパニー」は、主要人物たちがともにアクシデントを乗り越えることで、それぞれが殻を打ち破って新たな一歩を踏み出すストーリーだと言えると思います。
 
たま様の青柳誠二は、闘病の末に妻を失い、仕事の意欲も失いただ言われたことをやるだけのサラリーマンでした。
しかし敷島バレエ団に出向となりバレエ公演のために奔走し困難を乗り越えるなかで、新しい恋も始まり、自分で閉ざしていた新しい世界への扉を開きます。
 
ちゃぴちゃんの高崎美波は、肝心なところで臆病になっていた自分に打ち克ち、一度は逃したバレエ留学のチャンスを掴みとります。
この2人のラブストーリーがほのぼのしていて、とても幸せな気持ちになります。
 
そしてみやちゃん(美弥るりか)の高野悠もバレエダンサーとして一区切りをつけウィーンでエージェントとして独立することになり、うみちゃん(海乃美月)のユイユイこと瀬川由衣を誘います。
ユイユイはマラソンのトレーナーとして専属契約を結んでいた有明製薬を免職になることを恐れていたのに、一歩を踏み出し自ら辞表を提出したのです。
 
れいこちゃん(月城かなと)の水上那由多だって、アイドルグループのパフォーマーがバレエに挑戦するという一大チャレンジで新たな扉を開いています。
 
アクシデントをカンパニーの力で乗り越え、それぞれが新しい一歩を踏み出しハッピーな大団円となるこのストーリーを、ヴィスタリアは「ある意味、サラリーマンが主役の現代のおとぎ話かもしれない」と思い楽しく観ました。
(長期有給休暇取得をすすめてくれる会社なんて夢のようです。)
現実にはこんなことはないかもしれないけれど、あったっていいじゃない、こんなにあったかい気持ちになれるんですから、と思ったのです。
 
 

3.細部でひっかかるものが多々あった。

話の主旋律とは直接関係のないところですが、ヴィスタリアが気になったことがありました。
 
①場面転換、そして話の展開に無理があるように思える。
場面転換は少し唐突かなと思うところがいくつかありましたが、さすがに苦しいと思ったのが「この間夏祭りだと思ったらもう秋なんですね」というセリフで青柳と美波が2人で数ヶ月トリップするところです。
ほかにやりようはなかったんでしょうか。
 
そして話のターニングポイントとなる水上那由多と有明紗良のリフトですが、こんな大きな舞台で1日練習しただけで演出や振付を変えるというのはありえないのではないでしょうか。
かなり無理があるように思いますが、このエピソードがないと話が動かないので仕方ないとヴィスタリアは思うことにしました。
 
②現代、それも東京オリンピック前の現在を扱っているわりに女性の描き方が古い。
どうしても看過できないのは、東京オリンピックでマラソン金メダルを目指していたマイマイが妊娠を理由に引退してしまったことです。
この作品の時代が上演された2018年と仮定して、たしかに妊娠3ヶ月であれば出産して東京オリンピックの選考会で結果を残すのは難しいでしょう。
有明製薬という大きなスポンサーを裏切ったことになるので専属契約を解除する、独立する等ならわかるのですが、いきなり引退してしまうのに違和感がぬぐえません。
いまは出産を経てから選手として復帰する選手がいたり、あるいは現役引退後に出産をする選手がいるからです。
 
マイマイはアイドル並みにかわいいという設定でしたが、演技や仕草などから年齢も若く20代前半と仮定した場合、独立して産休・育休後に2024年のオリンピックを目指す、ではだめだったのでしょうか。
マイマイのエピソードだけなら「東京オリンピックよりかなり以前の話をそのまま2018年に持ってきたからいまの感覚と一致しないのかしら」と思うのですが、田中乃亜のシングルマザーで出産後体型を戻すのに苦労したというキャラクターの描き方にも古さを感じました。
 
③言語感覚に疑問を感じるし、狙っているように思える。
ラーメン屋のオヤジの比喩は高野 悠には似合いませんし、お相撲さんの比喩もユイユイに似合うとは思えません。
そして「痛みに耐えて最後まで云々」というセリフも、相撲界隈を連想させてヴィスタリアは萎えました。
「ねえねえ、これどう?おもしろいでしょ?」とツッコミ待ちでわざとそういった言葉を選んでいるのが想像できるようで、石田先生にその意図がないとしても、萎えてしまうのです。
 
高野 悠がザッハトルテではなく頑なに「チョコレートケーキ」というのも然りです。
ユイユイが「テメーが孕ませた張本人だろうが!」とブチ切れるところも「すみれコードにひっかからないの?」という疑問を待ち構えているような意図が見え隠れしているようにヴィスタリアは感じました。
穿った見方かもしれません。
 
あとフラッシュモブというのは、通行人など日常風景のなかで突然人々が踊り出すというのが肝だとヴィスタリアは思っていたのですが、お祭りという非日常のなかでも成立するものなのでしょうか。
フラッシュモブに詳しいわけではないのでわからないですが、少なくともフラッシュモブの捉え方は石田先生とは相違があると思いました。
 
 

4.キャストごとの感想

長くなったので次の記事で書きたいと思います。
観劇の記憶に映像の記憶が上書きされて、映像の実況中継みたいになってしまいそうでちゃんと書けるかわかりませんが、一旦区切ります。
 
 

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