こんばんは、ヴィスタリアです。
シアタークリエでSHOW-ISMSバージョン「マトリョーシカ」の初日を観劇した感想を書きました。
ヴィスタリアの独断と偏見と偏愛に満ちた感想で、作品の内容に大きく触れています。
また長くなってしまったのでお時間のあるときにご覧いただければと思います。
SHOW-ISMS「マトリョーシカ」初日観劇の幸せにひたる
「マトリョーシカ」は当初、小林香さんが手がけるSHOW-ISMシリーズ第9弾を飾る上演時間2時間半のミュージカルとして上演されるはずでした。
が、緊急事態宣言による公演中止を経てSHOW-ISMSと題し過去シリーズと「マトリョーシカ」が85分に短縮されて上演される運びとなりました。
つまり「マトリョーシカ」バージョンの初日は大好きな美弥るりかちゃんの退団後初めての主演舞台の初日でもあります。
前半日程の楽が上演1時間前に中止という思わぬ事態があり、自分の観劇日だってあるいはもしかしたら……と初日はライブ配信で見るつもりでいたのですが、
チケットが降ってきて初日を観劇することが叶いました!
大好きなるりかちゃんの新たなスタートとなる舞台をこの目で観られるという、夢のような気持ちで客席に座りました。
「マトリョーシカ」のあらすじを自分なりにまとめてみました。
野原高校には全日制と定時制があるが、名門校としてイメージアップのために定時制の廃止を画策する教師たちがいた。
そんな中、定時制の最終学年4年A組にバンビ/美弥るりかという教師が赴任してくる。
現代社会を担当するバンビの授業は型破りで教科書は使わずに、全日制の生徒たちばかりが出場する合唱祭に参加しないと単位をあげないと言い出す。
4年A組の生徒たちは様々な問題を抱えながらも卒業を目指し、バンビと共に合唱祭に参加して成功をおさめる。
シングルマザーで仕事をかけもちしながら夜学に通う桃/夢咲ねね、公園で寝泊まりするおやっさん/今拓哉、
学習障害があり建設現場で働くぬーぼー/平方元基、かつて犯罪を犯し家庭内暴力に苦しむ番長/樋口麻美、
貧しさゆえに学校に通えず読み書きができないのりちゃん/保坂知寿ーー4年A組の生徒たちが生きながらに抱えている問題は現代社会をありありと写している。
夏休みが明けるとバンビは宣言した。次は年度末の野原祭でショーをしよう、と。
仕事、家庭の事情を抱えながら夜学に通う4年A組の生徒たちはショーを完成させることができるのか。
そして野原高校の定時制は存続できるのか。
ステージナタリーさんが写真32枚の記事をアップされています。
えんぶさんにもすばらしい記事がアップされています。
主演美弥るりかの成功 唯一無二の表現・芝居と、歌の進化
誤解を恐れず言いうのなら正直、観劇前は不安のようなものがありました。
超一流の、それも超絶歌うまの舞台俳優さんたちの中でるりかちゃんが主演をすること。
しかも役どころが定時制高校の教師でバンビ先生という役名で、あまりにも想像がつかなくて一抹の不安を感じずにいられなかったのです。
それが杞憂であったことは幕が開いてすぐにわかりました。
いつの間にか野原高校のバンビ先生に惹き込まれて夢中になっていました。
まだ物語が大きく展開していく前からバンビ先生/美弥るりかの芝居ーー表情、仕草、立ち居などのセリフに拠らない役の表現と纏う空気を変化させる表現力に心を揺さぶられ、じわじわとこみ上げるものがありました。
揺さぶられて心に立った波がだんだん大きくなっていくのを鎮めようとするのですが、バンビ先生/美弥るりかが沈黙したまま怒りの表情を客席に向けたときに劇場の空気が肌を刺すくらいヒリヒリと痛いものに変わったのを実感したとき、
涙があふれて止まらなくなってしまいました。
痛いというのは比喩表現ではなく客席の自分が感じた紛うことなき身体感覚でした。
本当に肌がさされる痛みが劇場の空気にあったのです。
そしてるりかちゃんが表情・目・全身から放つもの、舞台の美弥るりかの唯一無二の表現にこんなにも心を動かされるから魅せられ夢中になっているんだと客席で強く実感し、
この邂逅をずっとずっと待っていたんだと心が熱くなりました。
退団されてからSNSにメディア、ライブと様々な活動をされどれも楽しく拝見し応援していますが、
舞台で出会ったるりかちゃんの一番の、最大の魅力は舞台にあると確信しました。
もちろんセリフ、言葉による芝居の表現も一級品であることは存分に発揮されており、蔑み見下げ果てたような表情を見せてからの啖呵には圧倒されました。
そして見せ場の一つがサークルゲームでした。
バンビ先生/美弥るりかが教室の床にチョークで大きな円を描き、生徒たちに質問をして当てはまれば円の中に入り、すぐ出るという変わったゲームです。
質問に対する答えーーどの生徒がサークルに入るかどうかについては先生は何も言いませんし評価もせず、生徒たちの傷を抉るようにも思える質問を重ねていきます。
暴力を受けたことがある
暴力をふるったことがある
言葉の暴力で友人を失ったことがある
自分なんかいてもいなくても同じ
質問はだんだんと厳しいものへとなっていきます。
突き付けられる現実に客席で聞いているぬるま湯に浸かり甘ったれた人生を送っている自分でさえ「お願いだからもうやめてくれ」と叫びたいくらいでした。
涙が止まらなくなってマスクがぐちゃぐちゃに濡れるくらい泣きながら舞台を見つめていました。
最後にバンビ先生/美弥るりかが投げかけた質問に生徒全員がサークルの中に入りました。
この学校には居場所がある
「みんなのこの思いを野原祭のショーにすればいい」という言葉でサークルゲームは終わり、行き詰まっていたショーは動き出していきます。
この重ねていった厳しい質問と最後に救いを見せたバンビ先生のセリフは、彼女の生い立ちや背景は多く明かされませんが、
壮絶に傷ついたからこそ教師をしているという一本筋の通った人物像を克明に表していると感じました。
そこにこそ美弥るりかの芝居の深みと高い表現力があると言えると思うのです。
このバンビ先生と人物像と「マトリョーシカ」というタイトルに込められたメッセージ、セリフが重なって深い作品世界を成立させていました。
脱いでも脱いでもまだ自分 また自分 どこまでも自分
最後の人形の名前はーー希望
「マトリョーシカ」の4年A組の生徒たちが抱えているものは2020年に私たちが生きている社会の生きづらさ、弱者への突き放すような冷たさを反映しており、
一度社会的に弱い立場になったら変えることの難しさが厳然とあります。
バンビ先生の「自分で力を得なくては」「自分を変えられるのは自分しかいない」という教師としては酷なくらい強い言葉に、
変えられない社会で何を拠りどころに生きていくのかを理想ではなく、彼女の(おそらく実体験によると思われる)信念をもって教えようとしていることが伝わってきました。
(本来なら行政に繋ぐべきでは?と思う事案であったり、学校行事のスケジュールとして現実的でないものもありましたが、これらを指摘するのはこの作品のテーマを味わう上で野暮でしょう。)
芝居のすばらしさと同様に特筆すべきはるりかちゃんの歌唱力の格段の進化です。
男役時代は「エリザベート」での休演もありましたし退団公演ではキーを変えていましたし、
歌について不安がなかったと言えば嘘になります。
今回はキーが合ったものなっただけでなく歌声が深く豊かなものになって劇場いっぱいに響き、主演に足るすばらしい歌唱でした。
ソロ曲は込められた思いが伝わってきて聞き惚れました。
また女性たちの涙に心を寄せる歌では強い言葉を放つバンビ先生が弱さ、傷つくことを知っているのが手にとるようにわかりました。
これだけの歌が歌えるのなら、これだけの進化があるのなら、美弥るりかという表現者はこの先もっともっとすごいことになると確信しました。
また優美で軽やかなダンスも見ることができたのもうれしかったですし、
劇中の「白鳥の湖」には「カンパニー」高野悠を思い出しました。
ウェーブがかった金髪に鮮やかな緑色のシャツ、艷やかな口紅というヴィジュアルは美とおしゃれの極致です。
バンビ先生は女性性を強く打ち出した役ではありませんが役として在り方が自然だったことに、
男装の麗人から美しい女性から中性的な役、あるいは人間ならざる役、どんな役であろうともるりかちゃんにしかできないものを見せてくれることへの期待が生まれました。
これからもるりかちゃんの舞台を見続けようと心に誓いました。
いつか2時間半の「マトリョーシカ」が見たい
当初2時間半だったものが85分に短縮されたことでストーリー展開が急でやや唐突さがあることは否めません。
たとえば合唱祭と野原祭があるのも見せ場の山と山が近すぎると感じましたが、のりちゃん/保坂知寿と全日制に通う娘との関係性の変化を表すためにもどちらも必要なものでした。
この親子の関係をはじめ、ほかにも描くはずだったものが泣く泣く削られているでしょう。
それらを想像したり脳内で補完しながら観ていましたが、いつか2時間半のフルバージョンで上演される日が来ることを願ってやみません。
合唱祭の魂を揺さぶるような「翼をください」、生徒たちが生き様をすべてさらけ出すような野原祭のショー、
それぞれのルーツの風景が広がるような故郷の歌、
傷ついた心を乗せて歌う「エンパシー」、そしてバンビ先生の「月明りの下で」
いずれもすばらしいナンバーで何度涙したかわかりません。
これらが本来の広がり、盛上りのある上演時間で展開したらどれほどすごいものになるでしょう。
85分のなかにコロナ禍による社会の変化(リモート授業、ソーシャルディスタンス、失業リスクの高まり)を反映させ、音楽と舞台の持つ力への賛歌とし、急きょライブ配信の追加公演を決め、機動力のあるこのチームならきっと…!と信じています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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