おはようございます。ヴィスタリアです。
宝塚大劇場で「夢現無双/クルンテープ」を観劇してきました。
「夢現無双」の作品についてのヴィスタリアの独断と偏見、偏愛に満ちた感想です。
なお原作は未読で、予備知識は劇団のホームページとプログラムのみで観劇しました。
予習が足りなかったのか作品についての感想はやや辛口なものになりました。
「夢現無双」は短い場面がいくつも置かれていた
今回3回(2階B席センター→2階A席下手→1階前方上手)観劇しました。
1回目は「???」でした。
予習が足りなかったのか話についていくのが大変でした。
2回目で話の流れ、過ぎる年月やあちこち移動する場所などを整理し理解することができました。
宮本武蔵の少年時代から始まって、17歳に成長してからのエピソード、その何年後、1年後の約束と時間の移り変わりが非常に早い上に場所も作州、京都、柳生の里に下総と次々と移っていきます。
1回目の観劇では置いていかれてしまいました。
3回目はそういった流れなどを理解をした上での観劇でしたが「???」でした。
この「???」は「夢現無双」という作品の脚本や演出の魅力がよくわからなかったという意味です。
長い原作をまとめているからかもしれませんが、短いブツ切り場面のつながりがよくなく、山場や見せ場などの盛り上がりがどこにあるのかわかりませんでした。
盛り上がりに欠けるというのはつまり、ひきこまれる心情、惹きつけられるドラマやストーリーが弱く、この作品の世界に浸れないということでもありました。
場面が短い分、転換や切り替わりが多く、この切替がわかりにくかったり幕前での芝居が多かったように思います。
特に幕前の芝居、シーンが多く、他にもっと場面転換の方法やストーリーのつなぎ方、見せ方があったのではないかとも思いました。
短い場面がブツ、ブツとずっと同じテンポで進行していくのでメトロノームがずっと同じリズムを刻んでいるようで間延びして感じられました。
以上が作品全体についての感想です。
そしてよくわからない謎が3つありました。
謎1 白い烏と黒い鳥は何かを象徴しているのか
宮本武蔵の物語は少年時代から始まり、一足飛びに17歳の関ヶ原の戦いへと場面が変わります。
この関ヶ原の戦いで白い烏と烏たちが登場します。
この白い烏、烏たちがどういう意図の役なのかがわからず混乱しました。
白い烏は伸びやかに踊り武蔵と一緒に銀橋を渡ったり、かなり目立ちます。
烏たちは不吉かつ獰猛な雰囲気を湛えて踊り、戦いで命を落としたものたちの傍で蠢き、木に吊るされた武蔵を狙ったりします。
この烏たちの在り方は魅力的でよかったと思いました。
白い烏にしても烏たちにしても幕開きからほどない場面で非常に印象的な使われ方をしているので、その後も出てくるのであろう、何か特別な意味があったり象徴しているのだろう、と思って見ていました。
しかしその後烏も白い烏もなかなか出てきませんでした。
そのまま出て来ないのかと思いきや、ラストシーンでは宮本武蔵とお通が互いにへの想いを胸に歌うところで白い烏が踊っているのはかなり目立ちます。
伸びやかな踊りは素晴らしいのですが、ここになぜ白い烏がいたのか?ふしぎに感じました。
白い烏も烏たちも意味ありげなのに全編を通して出ているわけではなく、特に白い烏は出てくれば非常に存在感のある役で、いったいどういった役どころだったのか疑問に思いました。
謎2 心情アナウンスをなぜ入れたのか
武蔵と小次郎が初めて行き合った場面では周囲がストップモーションになり、2人の武芸者たちが互いに瞬間的に感じた思いがアナウンスで入りました。
武蔵「この男、強い」
小次郎「この男、大胆不敵なり」
というような感じです。
このアナウンスの演出は常人では感じることのできない武芸者ならではの感覚を表現する手法としてあり得るものだと思います。
しかしこの心情アナウンスが武蔵とお通の恋愛でも使われているのには閉口しました。
武蔵への恋慕を示すお通に対して同じ気持ちでありながら武芸のために応えることのできない武蔵の心情を
「俺もだ」
「お前と一緒に生きたい(※正確なセリフではありません。ニュアンスです)」
とアナウンスで入れる意図は一体どこにあるのでしょうか。
言葉にせずとも演技で充分にわかることであり、むしろ直接的な言葉にできない機微を演技で見たいのです。
たとえば吉岡清十郎の朱実への思いが演技で提示されたように。
このアナウンスが多用されたのか疑問に思いました。
謎3 佐々木小次郎のキリシタン設定
佐々木小次郎がキリシタンであったという説を今回初めて知ったのですが、わりと有力なんだそうですね。
(小次郎役の美弥るりかさんののお茶会で聞きました。)
しかし小次郎のキリシタンという設定が活かされているのかは疑問です。
小次郎がロザリオを渡したり十字架を切る場面はありましたが、果たしてそれが小次郎という役をふくらませ、小次郎が関わる人とのドラマ、あるいはそこに至ったドラマを広げているのか?
小次郎が登場からクライマックスまで淡々と描かれていることも相俟って疑問に思いました。
次はキャストごとについて書きたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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